専任講師:大前研一略歴
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「答えのない時代」のいま、知識を持っている人よりも、多くの人の意見を聞いて、自分の考えをまとめる能力、あるいは壁にぶつかったら、それを突破するアイディアと勇気を持った人のほうが貴重なのである。まずは私が教える発想法を学び、そして最後に「結局、これはどういう意味だ?私はこれに対して何が出来るのか?そもそも、これはどういうことを解決したらいいのか?」というところに戻っていき、事の本質に立ち戻れば、意外にユニークな解決策が身近にあるのだということになるかもしれない 。by大前研一
大前学長の講座説明映像はちらから

経歴

大前 研一(おおまえ けんいち) BBT大学院大学学長兼本講座指導教授
1943年、福岡県に生まれる。 早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号を、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号を取得。 株式会社日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社。 以来ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を務める。
現在も、世界の大企業やアジア・太平洋における国家レベルのアドバイザーとして活躍のかたわら、グローバルな視点と大胆な発想で、活発な提言を行っている。
「ボーダレス経済学と地域国家論」提唱者。
ウォールストリート・ジャーナル紙のコントリビューティング・エディターとして、 また、ハーバード・ビジネスレビュー誌では経済のボーダレス化に伴う企業の国際化の問題、都市の発展を中心として拡がっていく新しい地域国家の概念などについて、 継続的に論文を発表している。
英国エコノミスト誌は現代世界の思想的リーダーとしてアメリカにはピーター・ドラッカートム・ピーターズが、アジアには大前研一がいるが、 ヨーロッパ大陸にはそれに匹敵するグールー(思想的指導者)がいない、と記す。



1987年 イタリア大統領よりピオマンズ賞を授与される。
1992年 11月、政策市民集団「平成維新の会」を設立、その代表に就任。
1993年 英国エコノミスト誌のグールー特集では世界のグールー17人の一人に選ばれる。
1994年 同特集で5人の中の一人として選ばれる。7月、20年以上勤めたマッキンゼー・アンド・カンパニー・インクを退職。国民の間に議論の場を作るとともに、人材発掘・育成の場として「一新塾」を設立し、2002年9月まで塾長として就任。
1995年 アメリカのノートルダム大学で名誉法学博士号を授与される。
1996年 起業家養成のための塾「アタッカーズ・ビジネス・スクール」を開設、塾長に就任。
1997年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院公共政策学部教授に就任。
2002年 9月、中国遼寧省、及び、天津市の経済顧問に就任。
2004年 韓国の梨花大学国際大学院名誉教授に、7月に高麗大学名誉客員教授に就任。 米国のMBAトップスクールであるペンシルベニア大学ウォートンスクールでは、SEIセンターのボードメンバー(Board of Directors)も兼任。
2005年 『The Next Global Stage』Wharton School Publishingから刊行される。本著は、発売当初から評判をよび、既に13ヶ国語に翻訳され、世界中でベストセラーとなっている。4月、"Legendary Business Strategist(伝説的な事業戦略家)"と称され、《Thinkers50》でも、アジア人として唯一、トップに名を連ねる。同月、本邦初の遠隔教育法によるMBAプログラム「ビジネス・ブレークスルー大学院大学」が開学、学長に就任。

現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー(BBT)代表取締役社長。株式会社大前・アンド・アソシエーツ株式会社エブリデイ・ドット・コム(EveryD.com, Inc.)株式会社ジェネラル・サービシーズ(GSI)の創業者兼取締役を務めるかたわら、 オーストラリアのボンド大学の評議員(Trustee)兼経営学部教授にも就任。

経営コンサルタントとして各国で活動しながら、日本の疲弊した政治システムの改革と、真の生活者主権の国家実現を目指し、新しい提案・コンセプトを提供し続けている。
経営や経済に関する多くの著書も世界各地で読まれている。
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趣味はスキューバダイビング、スキー、オフロードバイク、スノーモービル、クラリネットと多彩。
ジャネット夫人との間に二男。